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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)951号 判決

控訴人

高梨豊年爾

右訴訟代理人

伊藤幹郎

外二名

被控訴人

高梨睦夫

被控訴人

三浦市土地開発公社

右代表者理事

蛭田貞夫

右両名訴訟代理人

松元光則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審において変更した主位的請求及び当審における予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、主位的に「(一) 原判決を取消す。(二) 被控訴人三浦市土地開発公社は、控訴人に対し、原判決添付第一物件目録記載の各土地について横浜地方法務局三崎出張所昭和四五年五月一九日受付第二四九九号をもつてされた売買を原因とする所有権移転登記を、控訴人高梨睦夫の共有持分六分の一について取得した旨の共有持分移転登記に改める更正登記手続をせよ。(三) 被控訴人高梨睦夫は、控訴人に対し、原判決添付第一物件目録記載の各土地について同出張所昭和三四年三月三一日受付第四八一号をもつてされた相続を原因とする所有権移転登記及び原判決添付第二物件目録記載の各土地について同出張所昭和三四年三月三一日受付第四八三号をもつてされた相続を原因とする所有権移転登記を、いずれも相続を原因とする被控訴人高梨睦夫の共有持分六分の一、控訴人の共有持分六分の一、訴外相川久子の共有持分六分の一、訴外高梨衛の共有持分六分の一、訴外高梨正道の共有持分六分の一、訴外今澤稔の共有持分六分の一とする旨の所有権移転登記に改める更正登記手続をせよ。(四) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決(当審において請求を一部変更した。)を求め、予備的に「(一) 原判決を取消す。(二) 被控訴人三浦市土地開発公社は、控訴人に対し、原判決第一物件目録記載の各土地について共有持分六分の一の移転登記手続をせよ。(三) 被控訴人高梨睦夫は、控訴人に対し、原判決添付第二物件目録記載の各土地について共有持分六分の一の移転登記手続をせよ。(四) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決(当審において追加した請求である。)を求め、被控訴人ら代理人は、主文第一、二項同旨及び「訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、削除、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  訂正、削除

1〜4 〈省略〉

5 原判決七枚目表九行目の「同月一九日」から同一〇行目までを次のとおり改める。

「同被控訴人は、同土地について横浜地方法務局三崎出張所同年五月一九日受付第二四九九号をもつてされた売買を原因とする所有権移転登記を経由した。」

6 原判決七枚目表一〇行目の次に次の文章を加える。

「七 よつて、控訴人は、実体上の権利関係に符合させるため、被控訴人高梨睦夫(以下「被控訴人睦夫」という。)に対し、本件第一及び第二の各土地について同被控訴人のためにされた前記所有権移転登記を、亡国蔵の前記相続人六名の共有持分六分の一とする所有権移転登記に改める更正登記手続をすることを求め、かつ、被控訴人三浦市土地開発公社(以下「被控訴人公社」という。)に対し、本件第一の各土地について同被控訴人のためにされた前記所有権移転登記を、被控訴人睦夫の共有持分六分の一について取得した旨の共有持分移転登記に改める更正登記手続をすることを求める。

八 予備的請求の原因として、仮に以上の請求が理由がないとすれば、次のとおり主張する。

(一)  前記一の(二)に述べたとおり、亡国蔵は、昭和三三年一二月二五日死亡し、控訴人、被控訴人睦夫、相川久子、高梨衛、高梨正道、今澤稔は、共同相続により、本件第一及び第二の各土地について各六分の一の共有持分を取得するに至つた。

(二)  しかるに、被控訴人公社は、本件第一の各土地について前記六の所有権移転登記を経由し、また、被控訴人睦夫は、本件第二の各土地について前記三の所有権移転登記を経由した。

(三)  ところで、亡国蔵の相続人らのうち、相川久子、高梨衛、高梨正道、今澤稔は、本件第一及び第二の各土地についての各六分の一の共有持分権を主張しない。したがつて、本件第一及び第二の各土地については、相続により、控訴人が六分の一の共有持分を、被控訴人睦夫が六分の五の共有持分を取得したものとするのが相当である。そして、被控訴人公社は、昭和四五年五月四日被控訴人睦夫との間で、本件第一の各土地を買い受ける旨の契約を締結し、同土地について六分の五の共有持分を取得した。

(四)  よつて、控訴人は、実体上の権利関係に符合させるため、被控訴人公社に対し、本件第一の各土地について六分の一の共有持分の移転登記手続をし、かつ、被控訴人睦夫に対し、本件第二の各土地について六分の一の共有持分の移転登記手続をすることを求める。」

7〜11 〈省略〉

12 原判決一四枚目表一〇行目から同裏二行目までを次のとおり改める。

「一 請求の原因事実中、第六項のうち、被控訴人公社が昭和四五年五月四日被控訴人睦夫との間で、本件第一の各士地を買い受ける旨の契約を締結し、同土地について控訴人主張の所有権移転登記を経由したこと、第八項(二)のうち、被控訴人公社が本件第一の各土地について控訴人主張の所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余の点はいずれも知らない。」

13 〈省略〉

二  控訴人の主張

1  訴外亡高梨国蔵(以下「亡国蔵」という。)の相続人らは、同人の死亡後、いかなる形式であつても、同人の遺産について分割の協議をしたことがない。また、右相続人らのうち被控訴人睦夫を除くその他の者は、相続分のないことを承認したことがなく、かつ、亡国蔵から相続分以上のものの譲渡を受けたこともない。

しかるに、原判決は、昭和三四年三月上旬ころから同年三月一六日ころまでの間に、亡国蔵らのうち被控訴人睦夫を除くその他の者が同被控訴人に対して相続分不存在証明書を交付したので、口頭で持ち回り方式により、亡国蔵の遺産である本件第一及び第二の各不動産について同被控訴人がこれを取得するとの遺産分割の協議が成立した旨を判示した。しかし、右のような遺産分割の協議は有効に成立したことがない。その事情は、次のとおりである。

(一)  一人の相続人を除くその他の共同相続人が超過特別受益者として、相続分がない旨の証明書を作成し、遺産である不動産について一人の相続人名義で単独相続登記がされている場合に、右証明書が事実に合致すれば、問題はないが、事実に反し、虚偽であれば、当該特別受益者は、遺産について持分を喪失しない。

このような場合には、共同相続人間で、右不動産について一人の相続人の単独所有とする旨の合意があつたかどうかが問題であり、また、右合意があつたとしても、これが有効かどうかが問題であり、しかも、右合意は、実質的に相続分の放棄であるから、これを有効と認めるのも好ましくない。そして、共同相続人の一部が右証明書を提出し、また、生前贈与を受けたため、相続分のないことを承認した事実があつたとしても、当該相続人が相続分を主張し、遺産の分与を求めている以上、裁判所は、持ち戻されるべき贈与があつたかどうかを検討して遺産の分割をすべきである。

更に、共同相続人の一人が右証明書を利用して単独相続をすることは、相続放棄制度を潜脱するものであり、かつ、右証明書が本人の知らない間に作成されるおそれがあること等についても、注意が喚起されなければならない。

(二)  そして、本件においては、亡国蔵の相続人らのうち被控訴人睦夫を除くその他の者は、同被控訴人に対し、相続分ない旨の証明書を交付したことがなく、また、生前贈与を受けたため、相続分のないことを承認したこともない。したがつて、亡国蔵の共同相続人が本件第一及び第二の各土地について被控訴人睦夫名義で単独相続登記をする旨を合意したことはなく、仮に右合意が成立したとしても、右合意は、事実に反し、なんら効力がないものである。

ちなみに、第一に、被控訴人らは、本訴提起後、昭和四六年一〇月二五日付準備書面をもつて、はじめて、相続分不存在証明書の交付により、被控訴人睦夫が本件第一及び第二の各土地を単独相続によつて取得した旨を主張したのであつて、それまでは右のような主張をしたことが全くなかつた。第二に、被控訴人らの右主張についての立証としては、乙第一二号証の一ないし三が存在するにすぎず、しかも、右乙第一二号証の一(土地所有権移転登記申請書)には、申請者の署名捺印がなく、これによつて登記手続がなされたことは証明できない。第三に、右乙第一二号証の三(相続分不存在証明書)については、亡国蔵の相続人である相川久子、高梨衛は、いずれもこれを見たことがない。また、控訴人名義の相続分不存在証明書は、被控訴人睦夫が控訴人の印章を冒用して偽造したものにほかならない。

2  以上の次第で、本件第一及び第二の各土地については、亡国蔵の相続人である控訴人、被控訴人睦夫、相川久子、高梨衛、高梨正道、今澤稔が、共同相続により、各六分の一の共有持分を取得したのであつて、被控訴人睦夫が、単独相続により、その全部の所有権を取得したものではない。そして、被控訴人公社は、被控訴人睦夫との間で、本件第一の各土地を買い受ける旨の契約を締結しても、同土地全部を取得せず、その六分の一の共有持分を取得したにすぎない。しかるに、被控訴人睦夫は、本件第一及び第二の各土地について前記所有権移転登記を経由し、また、被控訴人公社は、本件第一の土地について前記所有権移転登記を経由した。

右のような場合には、登記上の権利者以外の共有者である控訴人は、本件第一及び第二の各土地について不実の登記を実体上の権利関係に一致させるため、真正な登記に改める更正登記手続の請求権を有する。そして、控訴人は、共有物の保存行為として、被控訴人睦夫に対しては、本件第一及び第二の各土地について同被控訴人のためにされた前記所有権移転登記に関し、単に控訴人のために、自己の権利について更正登記手続を請求することができるのみでなく、登記上の権利者でない相続人全員である控訴人、相川久子、高梨衛、高梨正道、今澤稔のために、その権利について更正登記手続を請求することができ、また、第三取得者である被控訴人公社に対しては、本件第一の各土地について同被控訴人のためにされた前記所有権移転登記に関し、被控訴人睦夫の共有持分について取得した共有持分の移転登記に改める更正登記手続を請求することができると解するのが相当である。

3  被控訴人らの相続回復請求権に関する民法第八八四条所定の消滅時効の抗弁は理由がない。

(一)  控訴人は、昭和四四年二月一五日、その姉である亡今澤千代子の一周忌の席上で、被控訴人睦夫に問いただしたうえ、その後同年二月二四日本件第一及び第二の各土地について同被控訴人が前記所有権移転登記を経由したことを知り、その八か月後に本訴を提起した。したがつて、控訴人の本訴提起のときには、いまだ、その相続回復請求権は、時効により、消滅していなかつた。

(二)  のみならず、本件においては、共同相続人の一人である被控訴人睦夫は、相続財産である本件第一及び第二の各土地について他に共同相続人である控訴人が存在することを知りながら、単独名義の相続登記を経由したのであるから、同被控訴人には、その本来の持分を越える部分についても、同被控訴人のみが相続による権利を取得したと信ずべき合理的な事由がない。このような場合には、被控訴人らは、控訴人からの侵害排除の請求に対し、相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことはできない(最高裁判所昭和五三年一二月二〇日大法廷判決・判例時報九〇九号三頁参照)。

三  被控訴人らの主張

1  控訴人の前記二の1の主張事実は否認する。

(一)  控訴人がかねて高梨家から分家しようとした際、亡国蔵の相続人らの間においては、高梨家を継ぐ者が亡国蔵の遺産全部を相続する旨を合意した。

そして、被控訴人睦夫は、高梨家を継いだので、亡国蔵の相続人らのうち同被控訴人を除くその余の者は、同被控訴人に対し、なんらの異議もなく、相続分不存在証明書を交付したから、これによつて、口頭で持ち回り方式により、本件第一及び第二の各土地について同被控訴人がこれを取得する旨の遺産分割の協議が成立した。

(二)  相続登記手続をするについては、遺産分割協議書を利用する方法のほか、相続分不存在証明書を利用する方法が早くから存在するが、右証明書が偽造されたものでない以上、これによる相続登記が無効であるとはいえない。本件においては、被控訴人睦夫は、他の相続人らから、それぞれ右証明書及びその印鑑証明書の交付を受けているから、右相続人らが亡国蔵の遺産を同被控訴人に単独相続させる意思を有していたことは明らかである。

(三)  なお、控訴人は、共同相続人の一人が相続分不存在証明書を利用して単独相続をすることは、相続放棄制度の趣旨を潜脱するものである旨主張するが、手続が厳格に定められた相続放棄によらないで、遺産分割の協議の一種として、共同相続人の一人に遺産を単独相続させる旨の合意をすることは、世間一般に行われ、特に農村における従来からの相続形態であつたということができるから、相続放棄制度の趣旨を潜脱するものではない。

また、控訴人は、被控訴人睦夫が他の相続人らから相続分不存在証明書の交付を受けたことない旨主張するが、控訴人は、かねてから被控訴人睦夫に対し、速やかに、本件第一及び第二の各土地について同被控訴人名義で単独相続登記をすることを勧めていたのである。また、右相続人である相川久子は、その夫に右証明書を確認させたうえ、被控訴人睦夫に対し、右証明書を交付し、更に、右相続人である高梨衛は、右証明書を確認しなかつたが、これが同被控訴人において本件第一及び第二の各土地について単独相続登記をするのに必要な書類であることを知悉していながら、同被控訴人に対し、右証明書を交付した。加えるに、控訴人主張のように、被控訴人ら提出の乙第一二号証の一(土地所有権移転登記申請書)には申請者の署名捺印がないが、これは、司法書士が所持していた登記申請書の控にすぎない。

2  控訴人の前記二の2の主張事実は否認する。

たとい共同相続人の一人が共同相続をした不動産について勝手に単独名義で相続登記をし、更に、第三取得者が右不動産について移転登記をしたとしても、他の共同相続人は、単独名義で所有権取得の登記をした相続人及び第三取得者に対し、自己の持分についてのみ更正登記手続を請求できるにすぎない(最高裁判所昭和三八年二月二二日第二小法廷判決・民集第一七巻第一号二三五頁参照)。ところが、控訴人は、被控訴人睦夫に対し、本件第一及び第二の各土地について、他の共同相続人の持分に関しても、更正登記手続を請求しているが、右請求は、右判例に反するうえ、被控訴人睦夫と控訴人を除く他の相続人らとの間にはなんらの紛争もない以上、権利保護の利益、必要を欠くから、失当である。

3  控訴人の前記二の3の主張事実は否認する。

(一)  控訴人は、被控訴人睦夫が昭和三四年三月三一日本件第一及び第二の各土地について単独名義で相続登記をした際、その事実を知つていたのである。すなわち、控訴人は、前述のとおり、かねてから被控訴人睦夫に対し、右相続登記をすることを勧めていたうえ、常に同被控訴人からの相談事に関与していたのである。

(二)  また、控訴人は、本件については、被控訴人らが相続回復請求権の時効を援用できない旨主張し、最高裁判所の判例を引用する。しかし、本件は右判例とは前提事実を全く異にし、被控訴人睦夫は、他の共同相続人らとの合意のもとに、亡国蔵の遺産を占有管理していたから、本件については、民法第八八四条の適用がある。

四  当審における新たな証拠〈省略〉

理由

一まず、控訴人の被控訴人らに対する本件第一の各土地に関する請求について、判断する。

1  本件第一の各土地は、亡国蔵が、自創法第一六条に基づき、政府からその売渡を受けたことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。

そして、〈証拠〉を総合すれば、本件第一の各土地は、もと妙音寺の所有であつたが、亡国蔵は、昭和二五年、自創法第一六条に基づき、政府から同土地の売渡を受け、同年二月一〇日本件第一の各土地のうち、原判決添付第一物件目録(一二)記載の土地を除くその余の土地について、同年三月一一日右(一二)記載の土地について、それぞれ、その所有権取得登記を経由したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上述べたところによれば、亡国蔵は、昭和二五年、本件第一の各土地の所有権を取得したものというべきである。

2  次に、亡国蔵が昭和三三年一二月二五日死亡したこと、同人の妻亡高梨トメ(以下「亡トメ」という。)、これより先に死亡した長男亡高梨實の子高梨正道、長女相川久子、二女亡今澤千代子、四男控訴人、五男高梨衛、六男控訴人睦夫の七名が同日、共同相続により、亡国蔵の権利義務一切を承継したことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。

また、控訴人と被控訴人公社との関係においては、右争いのない事実と〈証拠〉を総合すれば、亡国蔵は、昭和三三年一二月二五日死亡し、前記七名の者は、亡国蔵と前述のような身分関係にあつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、前記七名の者は、昭和三三年一二月二五日、共同相続により、亡国蔵の権利義務一切を承継したものというべきである。

以上述べたところによれば、亡国蔵が昭和三三年一二月二五日死亡し、本件第一の各土地については、亡トメは三分の一の共有持分を、高梨正道、相川久子、亡今澤千代子、控訴人、高梨衛、被控訴人睦夫の六名は、各一八分の二の共有持分を、それぞれ取得したものというべきである。

3  次に、請求の原因三の事実のうち、本件第一の各土地について、被控訴人睦夫のため、控訴人主張の所有権移転登記が経由されたことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがなく、また、請求の原因六の事実のうち、本件第一の各土地について、被控訴人公社のため、控訴人主張の所有権移転登記が経由されたことは、控訴人と被控訴人公社との間で争いがない。

4  ところで、被控訴人らは、亡国蔵死亡後の昭和三三年一二月二六日ころ、同人の共同相続人七名が遺産分割について協議した結果、本件第一の各土地については、被控訴人睦夫がその所有権を取得する旨を取り極めたと主張するので、検討する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、昭和二〇年九月一日ころ復員し、昭和二二年五月ころから父亡国蔵のもとに同居して、妻よし江とともに、家業である農業に従事し、昭和二六年六月ころからは訴外浦賀造船株式会社に勤務するかたわら、右家業の手伝をしていたが、当時、控訴人の兄らは、いずれも死亡し、その姉らも他に嫁ぎ、四男である控訴人が右家業を継ぐべき立場にあつた。しかし、控訴人は、昭和三二年ころに至り、右家業を継ぐ意思を失い、両親である亡国蔵、亡トメに対し、自分をいわゆる分家させて貰いたい旨を申し入れた。これに対し、亡国蔵、亡トメは、困惑し、そのころ、他の子らとも協議したうえ、右家業を継ぐ者には亡国蔵の財産全部を承継させる旨を取り極め、控訴人に対し、右のような条件のもとに、将来、右家業を継ぐべきことを説得したが、控訴人は、これに応じなかつた。

(二)  そこで、亡国蔵、亡トメは、他の子らとも協議したうえ、同人らとともに、昭和三三年ころ、当時、横浜市に居住して新聞社に勤務していた六男である被控訴人睦夫に対し、右条件のもとに、将来、右家業を継ぐべきことを説得し、同被控訴人は、同年七月ころ、やむなく、これに応じて亡国蔵のもとに帰り、右家業に従事するようになつた。他方、控訴人は、そのころ、いわゆる分家をしたが、同年八月二七日亡国蔵から同人方居宅に隣接する三浦市初声町下宮田字飯森三四五番ロ宅地61.01坪(201.68平方メートル)の贈与を受け、同日、右土地について所有権移転登記を経由し、そのころから右土地上に建築した居宅に居住するに至つた(控訴人が同年八月二七日亡国蔵から右土地の贈与を受け、同日、右土地について所有権取得登記を経由したことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。)。

(三)  亡国蔵は、昭和三三年一二月二五日死亡し、被控訴人睦夫は、右家業を継いだが、その直後、亡国蔵の共同相続人のうちの控訴人、被控訴人睦夫、高梨衛は、遺産分割について協議した結果、(イ) かねてからの了解事項のとおり、亡国蔵の財産全部(本件第一及び第二の各土地を含む。)については、被控訴人睦夫がその所有権を取得する、(ロ) 控訴人を含む他の相続人六名は、右財産について共有持分を放棄する旨を取り極めた。

そして、被控訴人睦夫は、昭和三四年三月一三日ころ高梨衛から本件第一及び第二の各土地について相続による所有権取得登記手続をするのに必要な印鑑証明書及び相続分不存在証明書の交付を受け、また、同年三月中控訴人から、控訴人のため、印鑑登録をしてその証明書の交付を受けることを委任され、控訴人名義の印章の交付を受けたので、同年三月一六日、控訴人のため、印鑑登録をしてその証明書の交付を受け(同年三月一六日控訴人の印鑑登録がされたことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。)、そのころ控訴人から相続分不存在証明書の交付を受けた。

更に、被控訴人睦夫は、昭和三四年三月上旬ころから同月一六日ころまでの間、その他の相続人である亡トメ、高梨正道の親権者高梨チエ、相川久子、亡今澤千代子の四名に対しても、右遺産分割の協議の結果を伝えて、その同意を得たうえ、高梨チエ、相川久子、亡今澤千代子から、それぞれ右登記手続をするのに必要な印鑑証明書及び相続分不存在証明書の交付を受け、また、亡トメから同人のため、印鑑登録をしてその証明書の交付を受けることを委任されたので、同年三月一六日ころ、同人のため、印鑑登録をしてその証明書の交付を受け、そのころ同人から相続分不存在証明書の交付を受けた。

(四)  次いで、被控訴人睦夫は、司法書士訴外竜崎喜助に依頼し、右相続分不存在証明書を使用して昭和三四年三月三一日本件第一及び第二の各土地について昭和三三年一二月二五日付相続を原因とする所有権取得登記を経由した。

右のような事実が認められ、〈証拠判断略〉。

以上認定の事実によれば、昭和三三年一二月二五日の直後から昭和三四年三月一六日ころまでの間に、亡国蔵の前記相続人七名の間において、持ち回り方式により、本件第一及び第二の右土地を含む亡国蔵の遺産については、被控訴人睦夫がこれを取得し、同被控訴人を除くその他の相続人らがこれを全く取得しない旨の遺産分割の協議が成立し、同被控訴人は、昭和三三年一二月二五日に遡及して本件第一及び第二の各土地の所有権を取得し、昭和三四年三月三一日同土地について所有権取得登記を経由したものというべきである。

5  以上述べたところによれば、控訴人は、本件第一の各土地についてなんらの共有持分を有しないから、控訴人が六分の一の共有持分を有することを前提とする控訴人の被控訴人公社に対する主位的請求及び予備的請求並びに被控訴人睦夫に対する本件第一の各土地に関する主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

二次に、控訴人の被控訴人睦夫に対する本件第二の各土地に関する請求について、判断する。

1  本件第二の各土地は、もと亡高梨寅吉の所有であつたが、同人が昭和四年六月一九日死亡し、同人の子亡国蔵が、家督相続により、同土地の所有権を取得したこと、次いで、亡国蔵が昭和三三年一二月二五日死亡し、同人の妻トメ、これより先に死亡した長男亡高梨實の子高梨正道、長女相川久子、二女亡今澤千代子、四男控訴人、五男高梨衛、六男被控訴人睦夫が同日、共同相続により、亡国蔵の権利義務一切を承継したことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。

右争いのない事実によれば、亡国蔵が昭和三三年一二月二五日死亡し、同人の遺産については、亡トメが三分の一の相続分を有し、高梨正道、相川久子、亡今澤千代子、控訴人、高梨衛、被控訴人睦夫の六名が各一八分の二の相続分を有していたものというべきである。

2  次に、請求の原因三の事実のうち、本件第二の各土地について、被控訴人睦夫のため、控訴人主張の所有権移転登記が経由されたことは、控訴人と被控訴人睦夫との間で争いがない。

3 ところで、被控訴人睦夫は、亡国蔵死亡後の昭和三三年一二月二六日ころ、同人の共同相続人七名が遺産分割について協議した結果、本件第二の各土地については、被控訴人睦夫がその所有権を取得する旨を取り極めた旨主張する。そして、前記一の4に述べたとおり、被控訴人睦夫は、昭和三三年一二月二五日の直後から昭和三四年三月一六日ころまでの間に、右七名の間に成立した遺産分割の協議により、昭和三三年一二月二五日に遡及して本件第二の各土地の所有権を取得し、昭和三四年三月三一日同土地について所有権取得登記を経由したものというべきである。

4  以上述べたところによれば、控訴人は、本件第二の各土地についてなんらの共有持分を有しないから、控訴人が六分の一の共有持分を有することを前提とする控訴人の被控訴人睦夫に対する本件第二の各土地に関する主位的請求及び予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

三以上の次第であるから、控訴人の主位的請求はいずれも失当であつて、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、また、控訴人の当審において変更した主位的請求及び当審における予備的請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(枡田文郎 山田忠治 佐藤栄一)

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